2014年7月 7日 (月)

“穏やかなることを学べ”

つい最近、ある事からこの言葉を想いだした。

言わずと知れた、アイザック ウオルトンの名著「釣魚大全」の最後の一行“Study to be quied”である。
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さて・・・“穏やかなること”とは何であろう。
釣りという行為から、心の穏やかさを得よう。
欲にまかせた釣りをするな、と謂うことであろうか。
釣りは楽しい。
しかし、何故に楽しいと思えるのかが問題のようである。

確かに、数を釣ることに、大物を釣ることに精出ししたところで。
こういった釣りを楽しむということならば、せいぜい十年も続ければ、飽きてしまうことだろう。
職漁師は、生活の糧を得る為なのだから、また別である。

つくづくと自身をか省みるに、否応なく“穏やか”なのであろうか、と思うこともある。
難所を越えて秘境といわれる処にも行かなくなってしまったし。
三匹も釣れると、もう竿をたたんでしまう。
かといって、釣りを止めてしまうわけでもない。
これは年齢とともに我欲が薄れて“枯れ果てて”てしまったのであるらしい。

彼の中国に
“一時の快楽を求めるなら酒を飲め 一生の快楽を求めるなら釣りをしろ”
という諺があるそうで、まこと云いえて妙だ。

どちらもと云うか、何事にも“枯れ果てて”しまったら・・・と、つい心配になってしまう昨今ではある。

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2013年8月 5日 (月)

持って帰りましょう

下界は暑い、奥谿もやはり暑い。

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暑くて脱いだら、持って帰りましょう。
これでも立派な杣道です。

本体中身が転がっては居はすまいかと、寒気がしてしまいました。

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2012年11月 6日 (火)

釣果を聞くにも礼儀が・・・、

仲間の某爺から『また 俺のを載せろ!』と脅迫めいたリクエストがありましたので、
古い話をまた載せます。


ある日ある爺が、いたく憤慨していたのでした。

“いったい 如何したんです・・・?” と聞けば、
『この間、大血川で釣ってたらヨ、若けえアンチャンが 「釣れましたか? 釣れましたか?」
って聞きやがる、ケタ糞わりいったらありゃしねえがァ』 と云う。

成る程、この問いはこの爺にはマズイ問いかけの言葉だ。
“それで何と答えました”
『アァ 山のようにナァ…』 と相手に“洟をヒッカケル”かの言い草で、答えたのだそうだ。

(万一、大血川でこの爺に声を掛けた方が気分を害したかと心配に・・・そんなことはないか)
でも・・・ね。
知らぬ他人に聞く時には礼儀と文言を違えてはいけません。

一癖ありそうな釣り人に迂闊に『釣れましたか?』 と声を掛けてはいけません。
特に、年端のいった老爺だったら、気を配りましょう。
どうしても釣果が聞きたかったら、『釣りましたか? 釣りましたか?』 と声を掛けることです。

『・・・れましたか』 は向こう(魚)まかせの、受動的な言葉。
『・・・りましたか』 は此方が(自分)仕掛けての、能動的な言葉。
なんですよねえ。
“魚が勝手に掛ってきたんじゃねエ、俺の釣り技で魚を釣ったのヨ” って云うんですよねえ。

この爺、界隈でかれこれ四十年も魚釣りをしていまして、面子と頑固の塊りのような爺なんです。
一緒に釣りに行っても、先に釣ると文句を云い、より沢山に釣ると臍が曲がります。
『そりゃぁ まぐれだなぁ・・・』と云い、其の日は絶対に先行はさせてもらえません。

冨士登山の記念の木杖をついた年寄りの“爺”が釣りをしていたら充分に気をつけましょう。
なるべく近づかないのが無難です。

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それは、仲間の“爺”なんです、好い人なんですがねぇ。
もしも出会ってお気を悪くされる失礼がありましたら、平にご容赦を・・・。
                                  平成十七年(2006) 夏のこと

まぁ 今は禁漁期、問題はありませんね。

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