2019年3月 7日 (木)

古の大除沢

大除沢に初めて毛鉤を振ってみたのは、記録によれば昭和61年(1986)の初秋であった。
あの荒川との出合い上に在る落差50mk不動ノ滝の上に岩魚が棲んでいることは、師匠の康吉翁から既に聞いていた。
 岩魚が棲んで居ると云うが、どんな岩魚達なのか見てみたいものだ。
Blogooyoke1                    和名倉山に喰い込む大除沢 (栃本から)
不動ノ滝へ向かう吊り橋を渡る。
山道を20分程も歩くと、帰りの遅い夫を心配して迎えに出て谷に落ちて亡くなったという伝えのある、お妻さんを祀ったお妻地蔵の祠に着いた。
此処から見る不動ノ滝は豪壮だ。

 さて・・・、この上に行かなければ。
踏み跡の無い滝左岸の斜面をトラバースして滝上に着く。

滝の上は、更に3~5m程の滝が数段つながっている。
やっとに谷は穏やかになってきたので渓に降り立つ。
渓相は良く、水量は多く低い落ち込みを連続させている。
 どんなものかな・・・。
仕掛けに黒毛鉤を結んだ。
落ち込みに毛鉤を振り落とすと、空かさずに七寸程の岩魚が引き込んだ。
 ホ~ 一投目から咥え込むとは、幸先がいいナ~
それからも投げる毎に岩魚は喰い付き、一歩一投毎に岩魚は毛鉤を引き込んだ。
釣れ過ぎて辟易するとはこんなことなのだろう。
毛鉤を振ることを止めて先を急いだ。

滑が続くと左岸から右岸に渡る朽ちた木橋が見えてきた。
木橋を越えるといよいよ渓相は良く、大石の重なるゴーロで小滝もある。
毛鉤を振ると、直ぐに良型の岩魚が竿を引き込んだ。
 一尺近くはあるナ、この谷はこの岩魚が棲むのか・・・。
その魚体は、橙斑を付けた綺麗な装いだ。
Blogooyoke2_2                        大除沢 岩魚
暫く遡ると、渓は緩やかに左へと曲がる。
10m程の中滝が次々と現れて、見事な渓相だ。
岩魚は、相変わらずに毛鉤を振り投げる毎に毛鉤を咥え込む。
 これでは、モウ釣ることの意味はない。

更に遡る、左岸からガレ沢を合わせると、急角度に渓は右に曲がる。
右岸に古い石組みが在る。
康吉翁の話していた、「置きワラジと」呼ばれる処であるらしい。
翁の話によれば、昭和の初期には、この谷の上流に製材所が在ったそうで。
此処まで降りて来れば、もうワラジは要らない、とワラジを脱いで置いた...。と云う。
Blogooyoke3                       置きワラジ上の渓相
しかし、何と岩魚の数の多いことか。
一匹一匹を丁寧に釣りあげていたら、貫目を軽く越えていたことだろう。

(追記)
これは、三十余年も前の話である。
その後に多くの釣り師が入り、岩魚は激減してしまった。
七・八年の前に同じ区間を遡ってみたのだが、たったの二匹の岩魚を見るのが精いっぱいであった。


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2019年2月19日 (火)

霧のトーバク沢

 平成十一年の初秋
その日は、生暖かい小雨が降っていた。

遅ればせの熱帯性低気圧が近づいているらしい。
今日の天気予報は「雨のち曇り」。
“出かけてみようか・・・” 今年は一度も観ることのなかった豆焼の大滝へ…。

小雨は降り続いていて豆焼沢の中流へ向かう急登の杣道は滑った。
小尾根の鞍部から振り返ると、雨に煙った遠くの先に薄く豆焼橋が見えて、
米粒程に見えるトラックが行き来している。
秩父側から山梨へ抜ける国道140号の雁坂トンネルは去年に開通した。
それまでは、「秩父甲州往還」と呼ばれ雁坂峠(2082m)を歩いて越える杣道であった。

山道を凡そ一時間、トーバク沢への降り口に谿愛人の慰霊碑がある。
享年五十四歳とある。
故人が愛煙者であったかなかったかは知らないがセブンスターを一本、供える。
此処を通る度の何時ものことだ。

トンネルの開削土を埋めてコンクリートで塗り固められてしまったトウバク沢を渡る。
雨は本降りになってきた。
なんてことだ、予定では天気は回復するはずだったのに…

沢脇の雁坂トンネルの残土排出抗の中で雨宿りをすることにした。
ザックからサーモスのコーヒーボトルを取り出して啜った。
しばらくすると、雨が上がるのだろうか霧が湧き立ってきた。
Blogtobaku
 見透かす先の沢筋に何やら動く影がある。
“人か…?、まさか…”
それは、人だった。
黒にベージュ色のヤッケを着た男がゆっくりと目の前の谿を登っている。
こんにちは!。
大きな声で呼びかけた。
男は立ち止まった、顔はよく見えないが中年であるらしい。
悪い天気ですね、何処へ行くんですか?
男は此方に顔を向けたようだ。
『この先にね、小さいけれど素晴らしい滝があるんです。其処へ行くんです…』
答えて男は、そのままゆっくりと登って霧の向こうに消えてしまった。

“愛想の無い人だな、一緒にコーヒーを飲もうと思ったのに…”
男は、悪い視界の中でもう見えなくなってしまった。
 “まてよ・・・、小さいけれど素晴らしい滝…?”
だって此の谿は、ずっと上までコンクリートで塗り固められてしまったじゃないか…”

あの中年の男は、今も…雨の中を小さいけれど素晴らしい滝を目指して歩いているのだろうか。

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2019年2月 3日 (日)

慕情 奥秩父の峪

田辺重治 氏 曰く
『秩父山隗は、偉大なる深林を有する点に於いて、人跡なき広大範囲を有する点に於いて、
 複雑なる支脈を有する点に於いて、それは確かに大山脈たる資格がある。
 秩父の真に誇るに足るべき特点は、山容そのものにあるのでなくて、深林と渓谷の美にある。』

 此処は奥武蔵。
舗装された道に点々と民家が在る。
その道に沿って川が流れている。
川と云っても、二間足らずの幅で水は少ない。流れの幅は一間程であろう。
行くと、山を割って小沢が流れ込んでいた。
小沢に沿って林道が通っているようだ。
林道に入ると、もう民家は無かった。
右手下の沢を見ると、水量は乏しいが、なかなかの渓相の様だ。
一抱え程の大石も見えるし、小さいながらも落ち込みも見える。
気になるのは、百㍍毎に沢を区切る堰堤が在ることと、周囲は良く枝打ちされた檜の植林山だ。

暫く行くと、大きな堰堤が在って、其の堰堤の上で沢は二俣に分かれている。
 もうこの辺りでいいだろう・・・。
堰堤の上に降り立つと、二俣共に一跨ぎの水量だ。
Blogkomagawatakahata1_2
車の音がする。振り返ると林道を上に上がって行くのが見えた。
小さな落ち込みの溜りを覗くと、五寸程の黒い影が石の下へと逃げ込む。
 きっと岩魚だな・・・
またも林道を車が走る音がする。
この世俗的な騒音から逃げるように、沢を遡る。
流れの傍は藪が覆っているが、山面は一面が檜の植林だ。
水の落ちる音がしてきた。
 滝があるのか・・・・
曲がった先を見上げれば、堰堤であった。
堰堤を巻いて上に上がると、砂礫が堆積していて既に水の流れは無かった。
堆積した砂礫の中には、ブルーシートの切れ端や空き缶が混じっていた。
Blogkomagawatogi2

 もうよそう・・・。
 此処は私が来る処ではない・・・、滅入るだけだ・・・。
其処には、これまで訪ね歩き身を委ねてきた様相とはかけ離れたものだった。
あの原生の中の奥秩父の谷・・・、恐ろしい程の寂寥感と自然の営む息吹きの荘厳な尊大さ。
黒森と岩峰を割って流れる谷川、蒼湛と嘆息する見上げるばかりの瀑布。
そして其処に健気に棲む岩魚達が懐かしく思い出された。

こんな奥武蔵の沢巡りを、ここ数年は繰り返している。
そして、その度に失望している。
生き物が齢を重ねるということはやむ負えないことだが、恐ろしいことではある。
その体力と気力とを、確実に正確に少しづつ枯れさせる。
それが、老いというものだ。
  もはや、私の望む居所は何処にもないのか・・・。

林道を上る車の爆音が響いてきた、この林道の先には集落が在るのだろう。

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