2017年6月 2日 (金)

思わぬ大寸

 名栗川水系の源流域のT入に出かけた。

Y入と出合う二俣は水量比2:1程であろうか、水量は細い。
Blogtsumadeai_2


渓に入って直ぐに直登できない滝場、左岸を山道に上って巻いた。
Blogtsuma3m

滝上は水量は少ないものの、落ち込みを連ねた好渓相だ。
意外と魚影は濃いようで、落ち込み毎に5~6寸の小型の岩魚が顔を出す。

暫く遡ると、小滝が在って小さいながらも淵になっている。
沈み石の周りに毛鉤を流すと、ゆっくりと魚影。
咥え合わせると意外な手ごたえ。
Blogtsuma95

泣き尺の九寸五分が竿を引き込んだ。

気分よく遡ると、いよいよ水は細くなってきた。
“そろそろ棲む限界だな・・・” もう沢蟹の領域だ。
と、思っていると『ワッセ ワッセ』と黄色い声がする。
“そうだ、此の上は登山道があるのだ”
『おじさん、何しているんですかぁ~』カラフルな服装の若い女性のグループだ。
『釣りかしらぁ』
『違うわよ、樵よ 樵』
と声がする。
“樵・・・”答えずにいると、『ワッセ ワッセ』と登って行ってしまった。

渓は終に、水は涸れた。

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2017年3月25日 (土)

赤岩魚を捜して・・・。【其の九 高麗川の源流の一部を偵察-2】

 春めいて、再び出かけてみた。

                  T 入
Blog3takahata


                  S 沢
Blog3shirataki

 両沢ともに、岩魚が棲むのか棲まぬのか・・・それは“探釣をしてみなければ、わからない。”
極めて水量が少ない、渇水気味だからなのか、それとも此れが平水なのか。
里川ゆえに、忌まわしい堰堤や人の棲む民家を離れる上流へ行くと、こんなにも細流になってしまう。

 こうした流れを見ていて、ふっと奥秩父の険谷に想いを馳せてしまった。
このような里川の細流を辿ることに、果たして満足し続けられるのだろうか・・・。
岩魚に出逢うこと、どんな岩魚が棲んでいるのか、そのことには満足できるかもしれない。
が、私にはもう一つ慾がある。
それは、奥秩父や秩父の奥谷で味わえる、自然の摂理の造り成す情景への感嘆と畏怖、鳥も啼かぬほどの幽寂とも言える処に身を置いて感じる心細い程の寂寥感に浸れないことだ。

たぶん、三度に一度は奥秩父の奥谷を恋しくて向かってしまうことだろう。

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2017年3月11日 (土)

赤岩魚を捜して・・・。【其の九 高麗川の源流の一部を偵察】


今期は、奥武蔵の高麗川水系の源流域を岩魚をさがして、辿ってみるつもりである。

 『源流の一部に、在来種の岩魚が棲んでいて貴重だ・・・。』と昔の本に簡略ながら書いてあったからだ。
今も、岩魚の在来種は棲んでいるのだろうか。

 てな訳で、幾らか春めいた日差しの今日、偵察の意味で竿を持たずに出かけてみた。
此の水系の本流筋は、国道の沿う里川で標高も低く岩魚の棲む領域ではない。
支流に入っても、民家が山道に沿って点々と建ち趣に欠けるし在来種が棲むとは思えない。
“枝沢をさがしてみるしかないな・・・。”

H入に入ってみる。
Blogkomahanakiri1            林道の終点から流れを覗くと、如何にも心細い流れ。

Blogkomahanakiri2            直ぐに堰堤が在る。

Blogkomahanakiri3            堰堤の上に上がってみると、水流は有るものの水量は僅かだ。


T入に入ってみる。
Blogkomatono1            林道が「通行止」の柵が在り、低い堰堤が在るが水量は殆ど無い。

Blogkomatono2            堰堤上は、砂礫が堆積していて全く水流は無い。

Blogkomatono3            暫く遡ると、やっと流れは復活したものの如何にも細い。

S入に入ってみる。
Blogkomasawano1            此処も林道は更に先に続いているのだが「通行止」の柵、そして大きな堰堤。

Blogkomasawano2            堰堤上を覗くと、砂礫が堆積していて水流は無い。

Blogkomasawano3            暫くで水流は復活するが、やはり心もとない。


この日、此の三つの枝沢を覗いてみたのだが、此の上に果たして岩魚は棲んでいるのだろうか。
それぞれの水量からすれば、とうてい岩魚の棲める水量ではないと思えるのだが・・・。
何しろ、『貴重な在来岩魚が・・・。』と書いてあったあの本は各沢に堰堤が築かれる前の出版だ。
しかし、辿ってみなければ判らない。
其の前に、管轄の漁協に行って規制状況を聞かなければならない。

もう少し暖かくなって、岩魚達が上を向く藤の花の咲く頃になったら訪れてみることにしよう。

* 此の地方では「沢・谷」のことを「入・ヤツ」と呼ぶ。

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2016年7月19日 (火)

赤岩魚をさがして・・・。【其の八 林道終点の上流へ】

 此処は、奥武蔵の名栗川水系の大支流のA川のT入。
前に此処を辿ったのは九年ほどの前の初夏であった。
T入はA川に流れ入る枝沢で水量は少なく営林用の林道が上流にまで沿って続いている。
出合いからは滝を連ねた悪場でA川からの渓魚の遡上は止められている。
此処の沢名は、此の極下流域に滝が在ることから付けられた名と思われる。

 以前に辿った時は、下流の悪場を敬遠して直ぐ覆い被さる酷いボサに悩まされながらも小型の岩魚が棲むのを確認しながら三時間余りを営林用林道の終点下までを遡ったのだった。
今回は、営林用林道からの上流域を目指して、確認に出かけた。

以前は、林道の入り口に「進入禁止」のゲートが在ったのだが、今は取り払われている。
覆木の繁った沢筋を眺めながら1kmも行く、営林用林道の終点に着く。B287

4.5mの渓流竿に1mの提灯仕掛け、小振りの毛バリを結ぶ。
沢に降りると幾分と開けているものの、水量は少なく流れは一跨ぎも無い。
B287_2低い階段状の小さな落ち込みに丹念に毛バリを落すのだが、まったく魚信も魚影も無い。

全く音沙汰は無いのだが、もしやもしやの念に囚われ一時間半ほども遡った。
やがて、大岩の転がる場に着く。
B287_3此の上で、遂に巾一尺にも満たない流れになってしまった。
いくら両生類か?と思えるほどの岩魚であっても、棲むには無理だ。
“やはり、棲んではいなかったか・・・。”

岸に上がると、其処は広い蕨の群生地であった。
B287_4
“やはり、林道終点下の小滝が此の沢の魚止メか・・・。 来年は、蕨を獲りに来よう。”
思うのであった。

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2016年5月25日 (水)

赤岩魚をさがして・・・。【其の七 最終堰堤の上流へ】

 奥山にも、藤の花が咲いた。

“出かけたい・・・” と思うのだが “此処を辿ろう・・・” との気を湧かせる沢谷が思い浮かばない。
過去の「釣り行記録」を繰ると、魚止メを確認できていない沢が幾つかあった。

其の中の、奥武蔵の「K入り」を遡ることにした。
記録では、平成21年に辿った時は、堰堤が次々に続いて辟易し最終堰堤と思われる処から戻ってきてしまい、其の上流は “また次回に・・・” としていた沢で、其の侭に行かず終いになっていたのだった。

 天気は上々。
沢筋に沿う林業用林道の終点に着いた。
左岸は、杉・檜の植林地。

Bh285nk1
先ずは、前回(7年前)に最終堰堤と判断した下に降りて探ってみることにした。
毛バリを振ると1投で5寸の岩魚が咥えた。

Bh285nk3

幼魚の為に、朱斑の出がまだ薄い。 
“ヨシ ヨシ、この上からが本番ヨ”と折角に降りた急斜のザレを難儀して喘登した。
堰堤上は、砂礫が堆積している。少し先が斜度のある段々滑メが30㍍ほど。

Bh285nk2_2
もう歳だ、“転び落ちてもいけないし、無駄な労力は使うまい・・・”
左岸の踏み跡(仕事道)へ上がって巻いた。
滑メの上は、水は少ないものの落差のある落ち込みが続く良い渓相だ。
ソット落ち込みを覗けば、なんと良型の岩魚が慌てて岩の下に隠れた。
やはり岩魚は棲んでいたのだ。
頭上に木々が繁るので、提灯仕掛けに換えた。
ソット大石に隠れて、落ち込みに毛バリを落すと、グイと引き込んで8寸の色合いの良い岩魚。
水槽に入れて前から横から写真撮影。

Bh285nk4
Bh285nk5

フット見上げる先に、なんと堰堤があるではないか。
左岸の踏み跡で堰堤の上に出た。
上がった処に、鉄塔巡視路の標識があった。

Bh285nk6
「通勤路 滑落注意」と書いてある。
「通勤路」と書かれているのがユーモラス。
時に奥山谷でザックを背負った巡視員の方に行き逢うことがあるが、仕事とはいえ頭が下がる。
『お疲れさま…』と云うと『釣りですか…』と大概が云う。
今からでは駄目だが、今度に生まれ替ったら、こういう仕事が適性かもしれない。
其の時は、何時もザックにテンカラ竿を忍ばせておこう。
なんと、その先にも堰堤が見えるではないか。近寄れば「平成元年 治山事業」とある。

Bh285nk7
“こんな奥まで堰堤か・・・”嘆息もする。

“せめて、此の堰堤が最終であって欲しい・・・”
堰堤を登った上は“水が無い!!”
それでも、50㍍ほど遡ると、何やら水音がしてきた。
辿れば、水流は復活してきたが、いかにも細い。

 それからも、少ない水量の落ち込みに丹念に毛バリを落したが、何の音沙汰もない。
両岸が岩場の中に小滝の処、ここも蜘蛛の巣に絡まるばかりで、何の反応もなかった。

Bh285nk8
そして遂に、遂に水は涸れてしまった。

Bh285nk9

今回に確認された最終堰堤から約一時間半、毛バリを振り振り遡ったけれど、
残念ながら堰堤上に岩魚は棲んでいなかった。
目的は達成したのだが、人工構築物の堰堤が「魚止メ」とは、寂しいかぎりであった。
 何時か、“堰堤間の岩魚を上げてやりたい・・・”とも思うのだが、
あの細流では、辛い思いをさせてしまうだけなのかもしれない。


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2015年6月27日 (土)

赤岩魚をさがして・・・【其の六 熊の掻き跡に恐れながら】

 梅雨の合間を狙って、赤岩魚の奥武蔵タイプをさがしに出かけた。
此処は、浦山川水系の某川の最源流域である。

今日も大気不安定とのこと、山の奥域で雷に遭わぬことを願うばかりだ。

Bh2762m車止めから一時間半ほども歩いて沢に降りる。
沢は前日の雨で水量は多い。 暫しの間、清々しい倒木の架かる小滝の処で一服する。

さて、目的の細流まで沢通しで30分は遡らねばならない。
其処此処で珍しい人間の姿を見て、岩魚達は岩洞や大石の下に走り隠れる。
Bh2762m_2やっとに目指す2m程の小滝の架かる右俣の入り口に着いた。
踏跡などは全く無いが、沢屋さんのだろう古いピンクの目印テープが付いていて参考にはなる。

さて、此処からが本番だ。 赤く装う岩魚は棲むのか、棲まぬのか・・・。
Bh276小滝を登って暫く、熊の掻き跡がある!!。
近寄って見ると、上の方は古いのだが、下の方は新しくて3.4本の爪跡もある。
一瞬迷った・・・。 熊に襲われ掻かかれた己の姿が想像された。 熊除けの鈴を威勢よく振り鳴らしながら遡る。
時々、『ワ~ ワ~』と大声をはりあげもした。

定番ではあるが今日の為に巻いた黒毛鈎を振るのだが、何の音沙汰もない。
B276木立の中に炭焼き跡の石組みが在った。
希望は持てた“此処には必ず棲んで居る。古の杣人が此の細流にも岩魚を持ち上げたに違いない。”
甲高い大きな熊除けの鈴の音で、洞中に潜んでしまっているのかもしれない、かといって熊に逢いたくはない。

B276_2一時間も遡ると、右岸は高い岩壁が続き大石が転在している。
こういった場所が在るならば、増水でも彼ら岩魚は下に流されずに石洞に避難できる筈だ。
しかし、流れはいよいよと細くなる。 “これは、此処には棲んでいないのか・・・。”
鈴を高々と振り鳴らすのは止めた。 “万一、襲いかかられたら発炎筒で煙に巻いて避けよう・・・。”

それが為か、落ち込み毎に落す毛鈎を岩魚は咥えた。
成魚であっても五・六寸が精一杯の大きさだ。
それはそうだ、こんな細流で大きな体では持ちこたえられない。これも自然の摂理の内であろう。

そして、更に遡ること約一時間ほどで二俣になり水量は半減して魚止メを向え確認することができた。
B276_3途中で咥えた七寸の岩魚。
写りは悪いが、顕著な特色を現した奥武蔵タイプであった。
炭を焼いた古の杣人に感謝せねばなるまい。

雷にも熊にも遭わず、足を挫くこともせずに本当によかった。

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2015年6月12日 (金)

赤岩魚をさがして・・・【其の五 峡間の中滝の上へ】

 この日、かねてから気になっていた細流を辿った。
奥武蔵は浦山川水系の葉沢である。
Bh276此の谷は、浦山川の支流に水量比5:1程にも満たない水量で滝を掛けて出合っている。

出合いの滝を登ってから困った。
目の前は、屏風を立てまわしたような峡間で、中に八㍍程の滝が二本二段に架かっている。Bh276_2支流の本谷から岩魚の遡上は無理で、“隔絶された此の上は、きっと在来種が棲んでいるに違いない・・・。”

周囲を見回したが、さて・・・登れるものではない。
暫く右往左往したが、遠く離れた処に古い巻き道を見つけた。

巻き道を二十分程も辿ると、下から見上げていた滝上の落ち口に出た。
さて・・・水量は心細い程に少ないが落ち込みが続いて、渓相は良い。
喜んで毛鈎を結んで落ち込みの溜まりに落すが、何の音沙汰もない。

何の音沙汰も無い侭に一時間程も遡ると、昭和の初期のものであろう炭焼き跡の石組みが在った。
“炭焼き人が、きっと岩魚を上げたに違いない。 秩父の岩魚達は昔人と共に暮らしてきたのだ。”
“もう少し、もう少し上を確かめてみよう・・・。”萎えかけた気持ちが蘇ってきた。

更に、一時間程も遡った。
尾根を越えて来たのだろう、古い薄い踏み跡が降りて来ていて壊れた作業小屋が在った。
B276既に、前の流れは今にも消えそうな程に細い。

それでもと、十㌢もない溜まりに毛鈎を落としたが、音沙汰はない。
更に遡ると、二俣に行き中り、遂に水流は消えてしまった。

“遂に、岩魚には出逢えなかったな・・・。”
それでも、細流の一谷を辿れられて、気持は満ち足りていた。


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2015年4月28日 (火)

山の藤の花が咲いた…とのことで。

まずは足慣らし、ということで奥秩父へは向わずに、横瀬川水系の枝谷に入った。

林道へ車を置き、約30分余り沢沿いの仕事道を歩いて下流域はパスをすることにした。
下流域は去年も入ったからで、此の沢は細流ながら存外と奥が深い。
今日は、「魚止メ」を確認するつもりだ。

竿を出して遡りはじめてから二時間、流れ入る支流が無いので水量は一向に減らない。
小滝の淵や落込みに毛鈎を落すと、小型の岩魚が追う、咥えさせないようにその都度に毛鈎を引上げた。
無駄な殺傷は不要だ。

それにも飽きて、竿を納めて一時間程も遡った。
皐月晴れと云うか空は青く、木々の新芽も清々しいではないか。
通ラズは無いが厳しい処は高巻いて行くと、水量も幾分と減ってきた。
B274_2

“まだ棲んでいるのかナ・・・”
小滝の淵を覗くと六・七寸の岩魚が定位しているのが見えた。
先様も此方に気が付いている筈なのに、随分と図太と云うか横柄な奴だ。
B274

毛鈎を結んで、こ奴の目の前に落すと、何を躊躇することもなく空かさずに咥え込んだ。
引上げてみると、丁度に七寸程だ。
B274_3

“何をしゃあがる…。”
“何をしゃあがる…ったって、人間様を見たら岩の下に隠れるもんだろ。”
“腹が空いててょ、お前にゃ気が付かなかった。”
“幾ら腹が減ってたって、〆て焼かれて食われちゃしょうがなかろう。それに少し肥満だな。”
“余計なお世話だ、俺は前にも釣り上げられそうになったんだ。この上唇の古傷を見てくれよ。”  “運の強い奴だ。とりあえずお姿を写真に撮ったら水に戻してやるから、命は大事にせいよ。”
B274_4
そんなやり取りをして、“バイ バァ~イ” 奴を水の中に放り投げてやった。
が、アイツは今度に入った時は、きっとまた顔を出すだろうな・・・思った。

それからも、峡間の小滝を登り倒木を跨ぎながら苦行して遡ったが、
少ない水量の中、小型の岩魚達は棲んでいて「魚止メ」には行き着かなかった。

とても暑く、とても疲れたが、なんとなく良い一日であった。

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2015年3月27日 (金)

今年も・・・そろそろ

 梅の散って、桜の便りを聞くようになったら
急に春めいて暖かくなってきました。

7                        奥武蔵タイプ 七寸

さて・・・、そろそろ今年も朱斑の岩魚に逢いに行く準備を始めます。


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2014年7月29日 (火)

涼を求めて 細流を二つ

 梅雨が上がって下界は猛暑。
連日の猛暑にグッタリと、一昨日昨日と最高気温は37度越えとか。
堪えきれずに、涼を求めて入ったことのない武甲山に連なる細流を二つを訪れた。

 途中、大汗をかいて埃っぽい工場群街道を歩いている同年配のご老人が独り、聞けば『これから山に登る…』と云う。
山門の登山口まで、まだ三km程はある。
『お達者で…、足を挫かないよう、熊に気を付けましょう。』、登山口まで同道した。
後から考えて、“あれは、自分に云い聞かせた言葉だったなぁ”苦笑した。

 渓に着くと水量の少ない細流、足を濡らすさずに遡れる程だ。
此の流れは奥武蔵の武川岳(1053m)が源。
魚種は判っている、毛鈎を咥え込んだ岩魚を釣り上げる必要もないので、八号の棒毛鈎を結んだ。

B267         棒毛鈎~胴末で先を切り取った鈎で、魚を傷付けずに存在を確認する時に使う。

流れは、よく手入れをされた木立の中を、小滝も峡間もなく小さな落ち込みを連ねて階段状に上る。
B267                          中流の渓相
そんな小さな落ち込みに毛鈎を落すと、五寸に満たない小さな岩魚が咥える。
余程に腹が減っているのだろうか、返しどころか胴先の無い棒毛鈎を咥えて水面から二尺程も喰いついたままぶらさがって来る者もいる。
“ごめんね これは餌の羽虫ではないんだよ…”
よく見れば、口が小さくて咥えられずに、あせって毛鈎をつつき回している者もいる。
からかうつもりは無いのだが、こうして魚達と遊ぶのも、また楽しい。

一時間半も遡れば、流れはいよいよ細くなって魚達も居なくなってしまった。
小さな岩魚達を脅すまいと、流れから少し離れて下り、隣の流れを伺い見ることにした。

 こちらの流れは、妻坂峠から流下する沢で先の沢より水量は倍ほどであろうか。
鎌倉から秩父へ抜ける鎌倉街道の峠が妻坂峠で、沢の右岸に細々と峠に向う路が踏まれている。
妻坂峠と云えば、遠くの昔の鎌倉時代に武将の畠山重忠の妻が秩父に住んでいて、時々に帰って来た重忠が妻と一夜を共にして、また鎌倉へと帰る時、妻は“あなた 行ってらっしゃい~、浮気はしないようにね~”と云ったか如何かは別として、この峠の上まで見送ったからの名だそうだ。

B26715m_2                          下流の渓相

勇んで毛鈎を振るのだが、何の音沙汰もない。
“はて・・・・” 岩魚は不在なのか。

B267
こんな良い付き場なのに、開き・沈み石の周り・大石の抉れ・白泡の巻き返しと、落す毛鈎に何の変化もない。

B267_2
“面妖な… 不思議だな…”繰り返すうちに、上流の二俣に着いてしまった。
“スレているのか…”と木化け・石化けにも、忍者の如くに気を使ったけれど、無駄であった。

残念な思いで山門の駐車場へ戻ると、若者が独り岩上に腰を下ろしてボトルを抱え水を飲んでいた。
何か聞かれても面倒なので、遠くに離れて少し早い昼飯を喰った。
暫く辺りを見分して戻ると、もう若者の姿はなかった。

“帰ろう・・・”
埃っぽい工場街道に入ると、先程の若者が大きなザックを背負って首に下げたタオルで汗を拭き拭き歩いている。
『よかったら 乗っていきませんか。』
『川越から電車で乗り継いできたのだ…』『暑いですね、水を3リットルも飲んでしまいました。』と云う。

芦ヶ久保の駅まで送った。

さて・・・私は涼を求められたのか、持ってきた500㎜リットルの水もまだ残っている。
“きっと、渓筋は涼しかったんだなぁ…。 趣味が山登りでなくってよかった。” 思った。

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