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2017年9月 1日 (金)

奥武蔵の渓 堰堤越えて また越えて

 この日、九年程の前に辿った奥武蔵のH入に出かけた。
此の渓は、昭和五十年代から平成にかけてもの凄い数の堰堤が造られた。

九年程前の朝、渓に沿う林道脇でチェンソーで伐採作業をしていたオッサンに
『此処にゃ 魚は居ねえよぅ。俺が子供の頃にゃいっぱい居たんだけどなぁ・・・』と言われた。

そして、約三時間半ほど、二十数基もの立ち続く堰堤の間に毛鉤を落とし続けた。
が・・・、何の手応えもなく、一匹の魚影も見ることなく戻って来ることになったのだった。

朝の入渓場所に戻ると、作業していたオッサンはまだ作業をしていて
『おぅ 帰ってきたかぁ、如何だったい?・・・』と問う。
『やっぱり居ませんね、一匹も出ませんでした』と答えた。

そんな記憶のあるH入だった。
古い情報では「下流は山女魚、岩魚は左岸に岩壁の下の連瀑帯にまで棲む・・・」とある。
本当に棲んで居ないのか “もう一度だけ確認しておきたい・・・”という思いに駆られたのだ。


 天気は好い。

堰堤に次ぐ堰堤を巻き越えて遡る。
下流の狭い堰堤の間で、“オャ!”振る毛鉤に飛び付く反応があった。
咥えきれないようなので、毛鉤を八号から五号にと結び替えて振ると、五寸ほどの山女魚だった。
“君には用はないのだが・・・” 流れに放して先を急ぐ。
七基目の堰堤を越えてからは、振れど落とせど毛鉤は、ただ流れに漂うだけであった。
Blogh298hitomi1_3                         渓相はよいのだが

堰堤を、もう十数基は越えた。
滝の巻きなら情緒もあるが、堰堤の巻きは、実に味気なくて苦しい。
“最終堰堤の上に岩魚が棲むのなら、増水で落ちた岩魚は居るはずだが・・・”
身を隠して、落ち込みに丹念に毛鉤を落とすのだが、やはり何の反応も全くない。

堰堤を越えること二十と数基。
終に、気力と体力の限界にきたようだ。
Blogh298hitomi2               たぶん此処が連瀑帯、上にはまだ次の堰堤が見える

“もういい・・・もうよそう、此の渓に岩魚は棲まなくなってしまったのだ・・・”
此の渓の遡行に諦め締めくくりをつけたのだった。


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コメント

ようこそ、tenkara 1nenさん。

堰堤の巻き上り、1nenさんが考えるほどのものではありません。小菅川上流の堰堤と違って里川の細流ですので規模が小さいのですよ。
それでも、何の魚信もなく疲れましたけれど・・・(笑)。

私の釣り?は、対象は在来岩魚だけで“棲んでいるのか 居ないのか、棲んで居たならどんな岩魚・・・” に尽きますので、時々にこういった事になります。

小菅川水系・丹波川水系での、何の彼のと言いながらも実にタフな釣り、毎回に楽しく拝見させていただいております。間もなく竿の出せない禁漁期になってしまいますね。

投稿: 杣女 爺 | 2017年9月10日 (日) 午後 06時32分

ようこそ、あものす さん。

>“岩魚は、いるにはいると・・・”
そうなんですか!。
一生懸命に毛鉤を振ってみたのですが、出てくれませんでした。
余りにも堰堤の間の距離が短いですね、あの間に棲まわせるのは、少し気の毒になります。
最上流に棲んでいれば・・・と頑張ったのですが。
三俣上の堰堤(気力が萎えて、そこまでしか到達しませんでした)上はほとんど水の無い細流になってしまいました。
築堤されると、支流のない沢では最上流に棲まない限りは、そこから下流はセメント灰汁で在来魚は絶えてしまいますものね。

投稿: 杣女 爺 | 2017年9月10日 (日) 午前 05時51分

杣女 爺さん たいへんお疲れさまでした。

堰堤20基以上も越えたんですか、とても真似ができません。
それで岩魚がいないなんて、肩が落ちますね。

でも、少しは私も見習おうかと・・・無理ですね!

投稿: tenkara1nen | 2017年9月 7日 (木) 午後 12時52分

堰堤があまりに多すぎますね・・・・
岩魚は、いるにはいると思いますが、近年放流されたものかもしれません。今年はことのほか渇水がきつく、魚たちが無事かどうか心配です。

投稿: あものす | 2017年9月 5日 (火) 午前 09時39分

ようこそ、ONUMA さん。

出かけてはいるのですが、筆不精なのです。
“堰堤の間に居なければ、上流には棲んで居ない”とは判るのですがね。

情報から「岩魚は生息する」との事で、
“もしも、万が一残っていたら・・・”という思いからこうなりました。

投稿: 杣女 爺 | 2017年9月 5日 (火) 午前 06時06分

爺さま

更新がないので、どうされたのかなと思っておりました。
滝ならぬ堰堤の巻き、お疲れさまでした。
二十数基も、お元気そうでなによりです。
爺さまの釣りは、ただ釣る事ならず探求心からの釣りなんですね。私だったら五基も登ってダメでしたら完全に気力は萎えてしまいます。

投稿: ONUMA | 2017年9月 4日 (月) 午後 06時55分

ようこそ、クラさん。

昭和の五十年以前は岩魚達にとって、とても良い渓だったようです。
凡そ五十メートル毎に一基といった有様ですね。
残念ながら失われた渓といったところでしょうか。
“此の上には・・・、此の上には・・・”としつこく遡りましたが、終にはメゲました。
棲んで居ないことを確認するのも、一つの成果と考えておりますので。

追) 十月の皆様が集っての「渓清掃」お疲れさまです。これだけの長い間の実績、感服しております。

投稿: 杣女 爺 | 2017年9月 3日 (日) 午後 07時14分

杣女さん、お疲れさまでした。

私なら十基で顎が上がります、よくぞ二十数基まで!

いつも思うのですがこれほどに小出しに造設せずともこの半分くらいに
何とかならないかと、棲息圏が短過ぎますし人間界との距離も
問題なく有る筈です、デスクワークが為せる技でしょうか。

実に良き渓相ですよネ、この流れに岩魚が棲息していないのは
釣り人として情けなく思います。
虚しさが伝わってきました。

投稿: クラ | 2017年9月 2日 (土) 午前 08時12分

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