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2011年5月30日 (月)

デジブックを一つ作りました。

先日、中津川の学沢へ行きました。

“何で あそこへ行きたかったのだろうか・・・。”

山ツツジが見たかったから…
人の手で破壊された谿は如何なったろうか…
劣悪な環境で岩魚達は元気にしているだろうか…
いろいろと考えてみました。
どれも少し違うような気が致しました。

奥の二俣に辿り着いて、判りました。
“そうか、俺は此処へ此の場所へ来たかったんだ。”


私はこれまでも、何で秩父の奥谿を彷徨するんだろうか…どうもよく判りませんでした。
“自分の居心地のよい 自分の桃源郷を探して記憶に残したいんだ。”
   山のあなたの空遠く「幸いはひ」住むと人のいふ
   山のあなたになほ遠く・・・
だから山のこなたをひたすら徘徊するのでしょう。
たぶん そうなのでしょう。


そんな訳で、記憶に残っている山のこなたの風景を拾い集めてみました。
(まだ大切な良い場所が沢山に残っているような気がします。それは後から追加するとして、とりあえず)


題名を「私の桃源郷」としていましたが、
「私の…」が何やら気恥ずかしく「山のこなたの桃源郷」と改めました。

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コメント

渓流愛好家さん お訪ねをありがとうございます。

無駄?なダムや砂防堰堤の無い自然のままの渓流は本当に美しいと感じ趣があります。
其処に古い杣人の痕跡があったりしても古を偲べ想いに浸れます。
歳年毎に足腰は弱まって厳しい奥域へは行かれなくなってきますが、無理なく辿り続けようと思っています。

投稿: 杣女爺 | 2011年7月 5日 (火) 午前 05時43分

とてもすばらしい写真集ありがとうございます。
元気でこれからもどんどん写真を撮って見せてください。 
とても美しい川、心を癒す川を日本にたくさん残っていますように。

投稿: 渓流愛好家 | 2011年7月 4日 (月) 午前 11時08分

たかのひろふみ さん、 おはようございます。

これまでもお訪ねいただけていましたこと、此処にコメントをいただけましたこと、とても嬉しく思います。

>心がほっこりとあたたまる・・
奥域の厳しい自然の中にも古の人々の生活臭が残る… そんな秩父の山塊に魅入られて訪ね歩いております。
お感じいただけて、重ねがさね嬉しく思います。

「釣る」に関しては、決して上手くも技も長けておりませんので、悪い見本にならなければ…と案じます。

これからは、熊も蜂も気を付けねばならない時期になります、安全第一に釣り行をなさって下さい。

別窓に画像の入る「囲炉裏端・掲示板」も設えてありますので、たかのさんのお便りをお待ちしています。

投稿: 杣女爺 | 2011年6月24日 (金) 午前 06時34分

こんばんは。初めてコメントさせて頂きます。釣りを初めた時から、杣女爺さんHPを教科書のように拝見させて頂いています。
どこか寂しく、どこか哀しいのだけれど、心がほっこりとあたたまる・・。渓の写真を見ていてこんな気持ちになったのは初めてです。杣女爺さんの秩父の渓に対する想いが、ほんの少しだけわかったような気がしました。これからもお体に気を付けて、秩父の渓を元気に歩き続けて下さい。

投稿: たかのひろふみ | 2011年6月23日 (木) 午後 08時48分

keykunさん
コメント、最大級に嬉しいです。

人の居ない風景、何かを感じて記憶に残る風景、大事な宝物と思っています。
きっと、行かれる限りは思い出した処へ、記憶に残る処を探しに出かけるでしょう。

秩父が近くにあって本当に良かったと思います。

投稿: 杣女爺 | 2011年6月 8日 (水) 午後 08時41分

いや~なんとコメントしたらよいのでしょうか。
見ているうちに昔を思い出して画面がぼやけてきました。
晩秋の大洞林道・・・あの道は今は荒れ果てているのでしょうか。
行ったことのある沢や流れの数々・・・
見たことのない風景・・・
息苦しさを感じるほどの傑作です。

近年・・・渓を歩くこともなく寂しさを感じている今日このごろです。
何時の日か秩父の渓をつり竿を持たずにのんびりと歩いてみたいものです。

投稿: keykun | 2011年6月 8日 (水) 午後 02時32分

こんばんわ。 秩父浪人さん

私の「美意識」、とんでもありません。
懐古癖と妄想癖に違いありません。が、嬉しいです。

独り・・・。自由なのも、無理をしないのも、妄想に浸れるのも(笑)、だからこそ出来ることと思っています。
只、誰も助けてくれませんから事故にだけは気をつけています。

投稿: 杣女爺 | 2011年6月 4日 (土) 午後 10時09分

爺さま 爺様の美意識を堪能いたしました。

何故ひとりで行くのか、時々使われる「自然を感じるには独りがいい」の言葉、解る気がいたします。

投稿: 秩父浪人 | 2011年6月 3日 (金) 午後 07時21分

クロちゃんさん おはようございます。
そうですか 嬉しいです。

何故にいそいそと秩父の山襞に通うのか、そしてそれ以外の処へ行くと場違いの処へ入り込んだ居心地の悪さを感じるのかが判ってきました。

それは、幾多の初恋?の人たちを何かの時にヒョイと想い浮かべるのと同じなんですね。
今から新しく初恋の感傷を作れる訳もなく、どんな美人を見ても“美人だナ”と思う以外のなにものでもないことも。

投稿: 杣女爺 | 2011年6月 1日 (水) 午前 05時48分

杣女爺さん、こんばんは♪
静寂な奥秩父の雰囲気を堪能させていただきました。
桃源郷は心のふるさとと感じ入りました。
BGMがとても合っています。(^^)/

投稿: クロちゃん | 2011年5月31日 (火) 午後 08時49分

大森さん おはようございます。

大森さんも そうですか。
人は、当然何かの目的を持って出かけるのでしょうね。
何で長い道のりや険しい谿あいなど大汗をかいて行くのか定かでありませんでした。が、今回で何となく“あぁ そうかナ・・・”判った気かしました。

大赤沢の奥の二俣…、これも人っ子一人居ない中を黙々と辿る長い道程ですね。記憶を呼びかえしてみています。

なにより、お酒の一具になれて嬉しいです。


投稿: 杣女爺 | 2011年5月31日 (火) 午前 06時55分

杣女爺さん

さっそく拝見致しました。
“自分の居心地のよい 自分の桃源郷を探して記憶に残したいんだ。”

そうそう!私もまさしく同じ思いです。私の場合はプラス自分の行ける所まで、という文言が付きますが。
直蔵淵、豆焼きの大滝、大洞の山の神等訪ねてみたい所ばかりで、すっかり嬉しくなってしまいました。お酒片手にまったりしています。
私の中では大赤沢の奥の二股も一票です。

投稿: 大森 | 2011年5月30日 (月) 午後 10時29分

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